おびえた猫が路地裏の隅で鳴くみたいに、か細い声で、それは言った。坂井さん、とまだ幼い顔つきの残る青年は、何度も何度も俺の名前を繰り返し呼ぶ。 とん、と胸のあたりに是枝の頭があって、すがるように、弱々しくシャツを掴まれる。大きな瞳から溢れんばかりに溜めた涙がこぼれてしまいそうで、そうしていつしかその涙をすくってしまいそうな自分に嫌気が差して、ぎゅうと手を握り込めた。 (わかるよ。俺はお前のこと、わかってる) まだほんの小さな子供だけれど、そのうちにこの手から離れてゆける。俺という刷り込みは必要ないから。だから、泣くな、泣いてくれるな。 目が覚めると是枝は腕の中で眠っていた。いつ、とかどうして、とか、ぱっと思い出せない程度には動揺していた。荒い呼吸を整えると無邪気な寝顔がすべてを預けてここにある。女ではないから恋人ではなかった、血の繋がりもないから、俺はこいつの父親でもなかった。 どうしてこんな気持ちになるんだろう、と胸の奥がちりちりと焼け焦げていく感覚がして、自覚したくないと瞬時に思ってしまった、俺はその正体を暴くことをしない。この感情に気づいてしまったら終わりにしなくっちゃ、さようなら可愛い僕の。どこかで見たことのある安っぽい映画のラストシーンみたいだ。 是枝の跳ねた髪を撫でてやる。まっすぐで頑固な髪質だ。いつの間にか、彼の匂いにも慣れてしまった。 お風呂入れてやんなきゃなあ、と苦笑しながら、小さくぼやいた。 さようなら可愛い僕の |