家に帰ったら、というかこの家は俺の家ではなかったが、なんでか生徒よりも帰宅の早い教員がぼんやりとボウルの底を見つめていた。電気も付けないで。
「なあこの貝、どうしたらいいんだ盾」
薄暗くなった部屋を軽く睨みつけて、照明に明かりを灯す。面倒なことになりそうだと思いながらちらりと見やればまな板の上のボウルの中であさりがひっそりと息づいていた。
「食べればいいだろ」
至極もっともなことを述べれば、奴はそれはそれは悲しそうな顔をして、わめいた。
「食べられないよ!だってこいつら生きてんじゃん!」
一度つついてしまったら貝とは真逆、殻を閉じて守るどころかそれを使って攻撃までしてくる。ぴーぴーうるさい鋼野の言動を聞き流していたら、お前にあさりの何がわかるのだとまで言われた。鋼野に言われたくはない。それは何事も。
「もう何日そうしてんだ」
はあ、と溜息をつきながら聞いてみると、み、みっかくらい‥と鋼野は項垂れながらボウルをぎゅっと抱えている。奴はもうそんなに、食べられるために買われた貝を、大事そうに見つめていたのだ。
「ぶよぶよした透明なの出てきてんぞ腐ってんじゃねえの」
「ちげーよ!!こいつら必死なんだって!」
何度ついたかわからない溜息を繰り返し、それでもまだ言葉のキャッチボールをやめない俺もどうかしている。
「飼うのか?」
幾分かやさしげな声で聞いてやると、うん、なんて涙目で鋼野は笑う。
その日はひとつの布団に一緒に入って眠った。狭かったけど寝心地はそこまで悪くなかった。



しかし翌日俺は唐突に腹が減り、つい横目で見やった瞬間目が合ったそいつらを具に調理を始めてしまうのであった。出来上がった一般家庭における朝食を見て鋼野は顔を青ざめては赤くして怒り、俺のあさり、と呟いて涙と鼻水を垂らしながらついには俺の頬をぱちんとはたく。喧嘩になってそれでも一緒にいることをやめない俺達はどうかしている。どうかしているけれど。

泣きながらふたりで味噌汁を啜った。うまかった。



# あ さ り と し じ み




「っていうかこれよく見たらあさりじゃねえ、しじみだ!」

おしまい