桜春樹とのセックスは、まるでままごとのようだった。初めてだったこともあって、ただセックスがどういうものなのか教えられたような、シンプルで明快なコミュニケーション。
「巳波の気持ちのいいように動いて」「上手だね」「巳波は、どんなふうにされるのが好き?」 問われながら、あなたにならどんなことでもされたいのだと、困った顔をされるのを承知で口走った気がする。
たまに行われるセックスは一種のスポーツとも似ていた。高め合い、柄にもなく汗をかいて、そこに意味が伴わない、ただ二人だけが知っている秘密の儀式。
時折、春樹は遠い目をして、自分ではない誰かを見ているようだった。それを見て見ぬふりをしながら、何度も抱いて欲しいと懇願した。悲しいとは思わなかった。本心だったから。

六弥ナギに抱かれて驚いたことは、そこに愛が伴っていて、遠い誰かを思い浮かべられることもなければ、ただ自分だけを見て、私のことを愛しているのだと、嘘偽りなく言葉にしてくることだ。桜春樹とのシンプルなセックスと、何が違うんだろう。行為自体は何も違わないはずだと否定したかった。自分と春樹との思い出を、美しく正しいものにしていたかった。なのに、耳に溶けるあたたかな感情が、声の温度が、どうしようもなく涙腺に触れるのだ。
桜春樹は、自分の欲望を満たすためにそれを教えたのではない。私の欲望を満たすために体の全てを差し出し、せめてもの願いを叶えてくれたのだと思う。
同情ではないセックスに、私は困惑した。自分が愛されているという実感が伴ったとき、涙が溢れて止まらなくなった。春樹になんてことをさせてたのだろうという気持ちと、深い愛情で全てを包み込む彼の心の美しさに打ちのめされ、行き場がなくなってしまった。泣いている私を見てますます彼は涙に唇を寄せ、心配そうにこちらを見つめてくる。
〝大好きだったんです。桜さんのことが″
〝だけれど今は、あなたのことが、好きなんです”
言ってしまおうか。言ったら飛び跳ねるくらい驚いて、喜んでくれるだろうか。本音を言うのが怖くて、余計に顔が歪んでいく。彼の汗ばんだ、透き通る金髪を梳いてやり、ゆっくりと息を吸う。覗き込んでくる整った顔立ちの、深い愛を秘めた目の、葉のようにはらりと落ちてくる金色の、なんて美しいこと。
その先にとびきりの抱擁と優しいキスが待っていることを、私はまだ知らない。


# 疑 っ て 、 そ れ か ら 好 き に な っ て