「美しいって、それだけで暴力ですよね」
窓から差し込むやわらかな光の中で、巳波は微笑んだ。透き通るような白い肌と、端正な顔立ちが、昔から好きだった。
撮影現場で用意された古い洋館で、歩くまでもなく、重心をかけただけで木の床がみしりと音を立てる。焦っていることが、ばれてしまう。
「身に覚えがありませんか? 触れてはいけないと思わされるような、一生手が届いてはいけない相手が、あなたにもいる気がします」
薄透明な光のヴェールを纏いながら、巳波は大和に近づいてくる。まだ、スタッフも誰もこの部屋には入ってこない。
「あなたは私に本当の意味で興味がない。だからこうして……」
白く細い指先で頬を優しく引き寄せ、唇を寄せ、ちゅっとキスしてみせる。
”少し触れたくらいじゃ、動揺しない”
耳元で囁いてみせると、大和は心臓の音がどれだけ巳波に伝わっているか心配しながら、おそるおそる跳ね除けた。拒否できる余白を残して、巳波は先ほどと変わらない笑みを浮かべて、目を細める。なにもかも、見透かされてる気しかしない。
「意外とシャイなんですね」
手が震えているかもしれない。だってこれは、別の人間にもされたことがある。
すみませーん、とスタッフの呼ぶ声が聞こえると、一気に安堵が押し寄せてくる。
「今度二人きりで、いけないこと、しましょうね」
やめとくよ、と言い終わる前に、スタッフに呼ばれた巳波はその場を立ち去ってしまった。

* * *

「こんなことどこで覚えてきたの」
映画の撮影の打ち上げがあって、飲んでいる最中に目配せされて、気がついたらタクシーに乗っていて、高そうなホテルに入って、酔いは回っているが記憶なんて普通にある。あるのにも関わらず、女の子みたいなきれいな唇が、器用にズボンのジッパーを下げて、自分のそれを咥えているだなんて、俄かに信じがたい。
どうしてこんなことをするようになったのか、なんて、巳波はその理由を口にしたところで全てが言い訳でしかないことを、大和は知らない。
「さあて、どうしてでしょう」
大和には、巳波に聞きたいことがたくさんあった。どうしてこんなことをするのか、誰にでもするのか。子役のときから自分の感情をポーカーフェイスで隠していたのではないか。好きな人は? 何一つ聞けないことばかり。

「ねえ、棗ちゃんはいつ大人になった?」
どんな自覚があって誰に傷つけられてそんなことをするようになったの。
巳波にとって相手に奉仕することが、自傷行為だということが、ぼんやりと伝わってくるからだ。子供の持つ輪郭、境目、成長していく過程で、心だけが冷えたままそこにあるような気がした。
「そうですね、子供の頃から大人びていると言われてきましたが」
いつ、なんて明確なものはないでしょう、と巳波はこんなときでも笑ってみせる。
巳波は男とのセックスに手慣れていて、とうとう大和の勃起したそれを自分の中に入れてしまった。少しきつくて苦しいけれど、生身の体は当然あたたかかった。人形のようにきれいな顔をして、ただ抱かれたいとだけ言ったその目が忘れられなくて受け入れた。
「俺はね、ずっとなれないままなんだ。あの人のことが好きで、ずっとまぶしくて、憧れて……とうとう首まで絞めちゃった」
髪を優しく撫でて、冗談と受け取ってもらえたらそれでよかった。流石の巳波も驚きに目を見開いて、動きを止めた。
「随分と猟奇的ですね」
あっさりと信じてもらえたことに、やはりあれは現実だったのかとフラッシュバックする映像と巳波を誰かと重ねながら、大和は絶望していた。
「夢だと思いたい。夢にならないかな……俺も自分のしたことがまだ信じられなくて……」
ぶつぶつと呟き出す大和に、巳波は汗ばむ額を指でぬぐってやった。もうずっと前からこの人には熱がある。
「千さんはその後、何か仰ってましたか?」
「それが音沙汰な……なんで知ってんの」
衝撃的なレスポンスについていけず、大和は開いた口が塞がらない。
「あ、すみません、つい」
悪気はなかったんですけど、と巳波はあっけらかんとしていた。
「いつから……そっか、いや、まじか……」
「私のこともご存知なんでしょう」
「まあ、それなりには」
ナギのことだろうとは、どことなく思っていたけれど、恋愛なのかと言われるとその確証はなかった。そういうことなんだろうか。
「……ずるい人」
棗巳波のそういう顔が、被写体として素晴らしいと、思わずにはいられない。
「俺なんかと体の関係を俺と持っちゃったの、なんで」
「相性がいいからじゃないですか? そんな気はしてました」
上に乗って、再び腰を揺らし始める。なめらかな肌、耳に残るざらついた声。

誰でもよかったわけじゃない。本当の理由は言わずに、巳波はただ誰かに抱かれたかった。寂しさを埋めたくて、好きだという一言で済ませられない相手がいると知っていて、関係を持ちかけた。
「涙を見せる相手、間違ってるんじゃない」
指先が目の下を通り、ゆるく擦る。
「そうやって見逃してくれるあなただから、いつかこの手を離しても笑って許してくれるあなただから、選んだんです」
事後、ベッドでピロートークをする男は大抵女々しいか、優しいかの二択だ。二階堂大和はその両方。
「好きだよ」
「練習しないでください、そのあと茶化すのもやめてください、全部本心なくせに」
本当に好きな相手には、こんなにもスマートに好きだとは言えない人だと、巳波はわかっていた。
「……棗ちゃん、俺の心読んでる?」
大和は占いを当てられた人の顔をしながら、巳波の頭を撫でている。色素の薄い、細くやわらかな髪。大和が誰を思っているかなんて、巳波にはお見通しだった。
「はい、と言ったら?」
「わりと信じる」
「騙されやすい人ですね、この業界でやっていけるんですか」
「棗ちゃんこそ枕営業しないでね」
「今、現在進行形で、してますよ」
「これはノーカンで」
ふふっ、と二人で笑い合う。さきほどまでセックスなんてしてもない空気。でも、甘ったるさだけは残って抜けない。
「腕、貸してください。最近よく眠れなくて」
「こんなんでよければ」
巳波は思う。なんてあたたかくてやさしいひと。メンバーにも隔てなく優しいのだろう。きっとあの人にも。無理に望まなければ抱いたりしなかっただろうな、と巳波は大和の優しさにつけこんだことを少しだけ申し訳なく思った。

巳波は己の選択に何一つ後悔がない。大人に抱かれたことに、一切の後悔がない。彼は自分が大人なんかじゃないと言うけれど、身を呈するような優しさを持っているところが、愛した男に似ていた。それだけだった。
他人の腕の中で、泣きそうになるのを堪えた。
深夜三時。夜更けが近い。明日になったら二人とも何もかも忘れている暗示をかけた。


# 懺 悔 な ら い く ら で も